計算できるオンナ・できないオンナ

映画「老後の資金がありません」の作家、垣谷美雨の「ニュータウンは黄昏れて」を読みました。

3人の「元友」が“性格に難ありの資産家男性”を押しつけあった挙句、数年後に海外で再会した時の心の機微を描いたストーリーです。ホントはマンション老朽化やローン問題に絡んだ内容の話でもあるのですが、私はこの3人(名前をA,B,Cとします)のストーリーから「計算する女.しない女」について考えてしまったのです(まあざっくりいうとただの読書感想文)。

A――“難あり”資産家と結果的に結婚したのは、金に苦労してきたA。計算する女です。Aは男と結婚して“イギリスで一人暮らし”をする夢を叶え、BとCを豪邸に招きます。でもそれは「私の人生の選択が正しかったかどうかを検証するため」であり「私の人生は悲劇なのかバラ色なのかを知るため」でした。そして“2人の羨望のまなざし”を通して「私の選択は間違っていなかった」と確信を得ます。

B—ローンに追われ苦労する母親に「上等な男を捕まえなさい」と言われ育ったB。しかしBは資産家との結婚を選ばず、小さな八百屋を営む男と結婚します。Aの暮らしぶりを見て落ち込むものの、帰りのヒースロー空港では気持ちを切りかえ、今の環境を生かせる工夫をして道を切り開こう、と具体的な方法を練り始めます。

C—再会後の彼女の心情についてはほとんど語られていません。Cは今のところ3人の中で一番後ろ向きで、Aの豪邸を見た後、資産家と結婚しなかったことを後悔する発言を口にします(因みに彼女は現在ロンドンで駐在妻をしています)。

私は考えました。A、B、C、どの選択がオンナとして正解か。

Aは優雅な暮らしを手に入れた。しかし夫とは疎遠で、しかも元友を物差しにしなければ自分が幸せかどうかがわからない。

Bはいわゆる愛情を選んだものの、平凡な男と結婚し平凡に暮らしている。

Cはロンドンで後ろ向きな態度で生活している。

みんなほどほどに不幸でほどほどに幸せ・・・?

「計算するオンナ」Aは、今後どんなことが起ころうと情に流されたりダメンズに引っかかったりすることなく、ちゃーんと計算して生き抜いていける気がします。

「計算ができる」のは決して悪ではない、と思うのです。

「八百屋のおばちゃん」になったB、金持ちにはなれなかったのが残念。でも彼女には覇気とバイタリティがあります。オトコに関しては計算出来なくても、「元気があればなんでもできるヤーッ!」とイノキも言っているではないですか。もしかしたら自力で一発逆転もあるかもしれませんね。

そして本編ではサラっと流されたCですが。

だって君は駐在社会ヒエラルキーの上位に属する商社マンの夫を持つ、しかも華麗なるロンドン駐在妻なのだ!

「ご報告。お友達とのアフタヌーンティー用にウェッジウッドの新しいティーカップをお迎えしました(キラキラ)」などブログをかまし、日本に帰ったらサロネーゼとなってSTORYに取り上げられるよう計算するのだ!

まあそんなことはさておき、計算が合っていたか間違っていたかなんて、人生の最後までわからないのです。

なんなら金さん銀さんみたいに100歳超えてから大ブレイクする場合だってあるんだしね!

計算できる女(サイジンシャのスタッフブログ)

 

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